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福岡高等裁判所 平成4年(ネ)27号 判決

主文

一、原判決を取り消す。

二、被控訴人の請求を棄却する。

三、訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。

事実

一、控訴代理人は主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二、当事者双方の主張は、原判決の「事実」欄に記載のとおりであるから、これを引用する。

三、証拠関係は、本件記録中の各書証目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一、請求原因1(本件建物の所有権の帰属-被控訴人)についての認定、判断は、次のとおり補正するほか、原判決の「理由」の一の認定、判断(原判決四枚目裏末行から九枚目表四行目まで)と同じであるから、これを引用する。

1. 原判決八枚目表の(6)冒頭の「被告は、」を「訴外会社は、控訴人に対し、」と改める。

2. その裏三行目の「平成二年一一月末日、」の次に、「その当事者間においては、」を、九枚目表四行目の「所有権は」の次に「、訴外会社との関係においては、」を加える。

二、本件建物については、平成二年一一月二〇日受付により、控訴人を賃借権者とする賃借権設定登記(本件賃借権設定登記)がされていることは、当事者間に争いがない。

三、ところで、控訴人は、訴外会社との間で、本件建物について、引用の原判決の「理由」一の(4)(5)のとおり、これを売買する合意等を含む第二和解を成立させる等の取引関係に立っている者である。したがって、この限りでは、控訴人は、前記一に引用説示の経過で本件建物の所有権が訴外会社から被控訴人に移転したことについて、民法一七七条にいう「第三者」に当たる者である。

しかしながら、引用説示の第一和解、第二和解の各内容と甲第二号証(特に「和解条項」のうち、第一項の2、第一一ないし第一三項)によれば、当事者の一方が控訴人である第二和解は、第一和解の存在、とりわけ本件建物の所有権は平成二年一一月末日をもって訴外会社から被控訴人及び吉野の両名に移転することを前提として締結されたものであることが明らかである。そして、甲第八号証、第一〇号証の一ないし三によれば、控訴人は、翌三年三月から七月にかけ、右両名にあてて四通の内容証明郵便を発し、これらにおいては、本件建物が訴外会社から右両名に移転したことと控訴人が右両名に対し平成二年一二月以降本件建物の賃料の支払義務を負っていることを当然の前提とし、右両名が本件建物の一部を利用しているのに伴い負担すべき光熱費等を控訴人が立て替えたことによる求償債権をもって、右賃料債務と順次相殺する旨の意思表示をしたことが認められる。

右事実関係によれば、控訴人は、本件建物の所有権が被控訴人及び吉野の両名に移転したことを単に知っていたとか、承認していたというにとどまらず、右両名に対し、所有権者に対するものとして、自らの賃借権を主張し、賃料債務を承認し、反対債権があるとしてそれらを相殺するという権利行使にまで及んだものである。したがって、控訴人は、引用説示のとおり本件建物の所有権が訴外会社から被控訴人に移転したことについて、いまだ登記がされていないことを主張し、これを否認することは信義則上許されず、反面、被控訴人は、控訴人に対し、本件建物の所有権の取得をもって、その旨の登記を得ないままで対抗することができるものと解するのが相当である。

この点について、控訴人は、第一和解において、訴外会社から本件建物の譲渡を受けるのは、その事件の「被告等」(被控訴人及び吉野の両名)とされており、控訴人としては、将来、右両名のいずれか一方が、本件建物の譲渡を受けてその旨の登記を得たとし、賃料不払いを理由とする賃貸借契約の解除に出ることを防止するために相殺の意思表示をしたにすぎず、右両名又はそのいずれか一方が本件建物の所有者となったことを承認したものではない旨主張する。確かに、第一和解において、訴外会社から本件建物の譲渡を受けるものとされている相手方の表示は、控訴人指摘のとおりであり、明確を欠くきらいはある。しかし、前記証拠によれば、前記各内容証明郵便は弁護士により作成されているのに、それらには仮定的記載や条件付き記載は全く見受けられず、本件建物の譲受人が右両名であるかそのいずれか一方であるかを問題とするようなことはないまま、右両名を本件建物の所有権者として確定的に前記認定の意思表明に及んでおり、それらは、いわば念のために発信されたようなものではないことが明らかである。したがって、控訴人の右主張を参酌し、検討しても、被控訴人は本件建物の取得をもって控訴人に対抗し得る旨の前記説示を左右するに足りない。

四、そこで、本件賃借権設定登記の効力について検討する。

1. 控訴人が本件建物につき賃借権を有するのは、本件建物部分についてのみであって、その賃借権が二階部分に及んでいないことは、控訴人の自認するところであり、かつ、前記「理由」一の(5)に認定のとおりである。したがって、本件賃借権設定登記は、(本件建物全体を対象とするものであるから、)二階部分に関する限り、実体関係に符合しない登記といわざるを得ない。

2. しかしながら、もともと、訴外会社と控訴人が前記「理由」一の(5)に認定のとおり賃貸借契約書を交わす前提として、控訴人が第二和解に基づき平成二年一〇月末日本件建物について取得した賃借権は、同(4)に認定の第二和解の内容から明らかなように、本件建物それ自体を対象としたもので、二階部分を除外するようなものではなかった。しかも、当時本件建物の所有者であった訴外会社は、本件建物部分を区分して賃借権設定登記をすることなく、補正後の同(6)のとおりあえて本件建物につき控訴人を賃借権者とする賃借権設定登記手続を執ったもので、本件賃借権設定登記は、本件建物の所有者である訴外会社の意思に基づいてされたものである。そして、更にこれらの事実と甲第五号証、同(2)に認定の第一和解の内容及び弁論の全趣旨を総合すると、訴外会社と控訴人が、第二和解により既に成立している本件建物の賃貸借について、同(5)のとおりこれを確認するものとして賃貸借契約書を交わした主目的は、賃料、その支払方法、使用目的、賃借権の譲渡転貸条項等々の細目を取り決めるところにあり、その契約書(甲五)が、目的物件を表示するのに、添付目録において二階部分を除くものとしたのは、先に第一和解により、同部分は被控訴人及び吉野の両名が無償で使用してよいとされていたことから、同部分が二重貸しとなるのを避ける形を採ったことによるものと認められる。

控訴人が主張し、援用する本件建物についての賃借権は、本件建物部分のみに関するものであるから、第二和解により成立した本件建物についての賃借権がそのまま存在するものとして直ちに本件賃借権設定登記が実体に符合するものとすることは許されないが、第二和解による本件建物についての賃借権の成立、本件賃借権設定登記がされた経過、本件賃貸借契約を交わした趣旨、目的等についての右事実関係の下においては、本件賃借権が本件建物の二階部分を対象としていないことから、本件賃借権設定登記が実体に符合しないものとしてこれを全部無効とすべきいわれはないと解するのが相当である。

3. 被控訴人は、訴外会社と控訴人との間の本件賃貸借は平成二年一一月末日に期限が到来したと主張するが、借家契約は期限の到来により当然に終了するものではない(借家法二条)。のみならず、原判決の「理由」の三の前段説示のとおり、訴外会社と控訴人は、本件賃貸借契約により、第二和解において取り決めた右期限を期間の定めのないものに変更したものと認められる。

したがって、被控訴人の右主張は、再抗弁としての理由を欠き、採用することができない。

4. 本件賃借権設定登記の効力については、以上のとおりであるから、被控訴人が本件建物の二階部分について区分の登記手続を遂げた上、同部分について控訴人の賃借権設定登記の抹消登記手続を求め得るのは別として、本件賃借権設定登記は、被控訴人が、現在の請求として、その抹消を求めるに由ないものといわねばならない。

五、以上の次第で、本件建物の所有権に基づき、本件賃借権設定登記の抹消登記手続を求める被控訴人の請求は理由がなく、これと判断を異にする原判決は不当であり、本件控訴は理由がある。

よって、原判決を取り消し、被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

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